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〈信頼の証し〉

 錨(いかり)をご存知ですか?そう、船の先の方に付いているあの錨です。地図の港の記号だけでなく、スーパーやソースのマークにもなっていますよね。神 戸市の市章山に、神戸市のマークと隣りあわせで錨のマークもあります。特徴的な形をしており、様々なところで錨を模した記号が使われていますが、この際に よく使われるのは、昔の帆船に使われていた「コモン形」と呼ばれるストックアンカーです。

 コモン形アンカーは、V字形に開いた爪にストック(錨幹)が合わさった、あの両腕を広げたような形の錨です。ただし、あれはイラストにする上で分 かりやすくするためにあのような平面型で描かれることが多いですが、実際はV字形の爪とストック(錨幹)は直角に交わっており、上から見ると十字形をして います。よってこの形の錨は、海底にガチッと食い込むため、非常に強い力で船を引き留めることができる(把駐力が強い)のですが、十字形に棒が組み合わ さっているため取り扱いが不便なのです。この錨は船首に開いている錨鎖(びょうさ)の出し入れ口(錨鎖孔:びょうさこう)に直接引き込むことができないた め、船首寄りの甲板の端に錨を置いて収容します。よく見る昔の帆船のあの雰囲気ですね。旧日本丸・海王丸もこの形式だったのですよ。コモン形ストックアン カーは、古くはローマ時代から使われていたらしく、長い歴史を持つのですが、今では一般商船よりも、ヨットかブイの海底固定用、あるいはクレーン船や浚渫 船など作業船の固定用に使われています。  

 ふつう現代の船に一般に使われているのはストックレスアンカーと呼ばれるストック(錨幹)無しの錨です。貨物船などの船首に左右1個ずつ付いてい るあの大きな錨です。JIS規格になっているのでJIS型ストックレスアンカーと呼ばれます。ストックが無いので、錨鎖孔にそのままスポッとはまるわけで す。ところでこの錨なのですが、船体の大きさのわりにずいぶん小さいと思いませんか。昔と違って今は直接岸壁に接岸して荷物の揚げ降ろしをするので、以前 ほどは錨を使う機会は減っているでしょうが、それでもあの船体に比べればかなり小さく見えます。

 実は錨を入れて船を泊める場合、錨の力よりもむしろ錨鎖の力を使うのです。錨はそのまま下に下ろしているように見えますが、投錨(錨を入れるこ と)したあと船を後へ下げます(小型の内航貨物船なら前へ進む場合もありますが、錨鎖が船体にこすれるので多少傷が付きます)。そうして錨からつながって いる錨鎖を海底に這って伸ばし、その鎖と海底の摩擦力で船が流されるのを防ぐわけです。そのため、海底には錨鎖が数十m、場合によっては100mぐらい伸 びています。海底に這っている長さがそれだけあるので、水深や海面までの高さを考えると200m~300mぐらいの錨鎖が船から伸びているわけです。それ ゆえ船体よりも長い錨鎖をジャラジャラと積んでおかなくてはならないので、鎖だけで相当重量があるわけですね。しかし嵐の時など、あまりに風が強い時は錨 を入れていても流されてしまう“走錨(そうびょう)”という状態になることがあり、操縦不能になるのでかなり危険です。

 錨は船の安全を守る最後の頼みの綱でもあるので、単なる航海用道具という以上に、信頼の証しの象徴としても使われます。今度港に行ったときには、そんなことを思いつつ停泊している船の錨を見てください。錆びた錨は、その船の安全を守っている証しなのです。