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〈シス・トランスって何?〉

 高校の化学の授業で「シス型・トランス型」なるものが出てきたのを覚えていますか?有機化合物に関する内容で、二重結合を持つ炭化水素のところで出てき ます。よく例に挙げられるのが2-ブテンという炭素を4つ持つ物質で、4つの炭素のうち真ん中の2個の炭素が二重結合でつながっています。炭素に水素が付 いているのですが、炭素だけに注目すると、こんな形「C-C=C-C」をしています。この時、両端の炭素は、両端の2個ともが同じ側についている場合(上 記の図でいうと端のC,Cが上又は下に片寄って付いている)と、互いに真ん中の二重結合部分を介して反対側に離れて位置している場合の2通りがあるのです が、同じ側に付いている場合を“シス型”、反対側に位置している場合を“トランス型”と言います。両方ともラテン語で、シス(Cis)は同じ側またはこち ら側、トランス(Trans)は反対側ないしは向こう側、という意味なのです。ここまでは化学の授業で触れるかもしれませんが、ちょっと広げて古代ローマ の歴史にも目を向けてみると、このシス・トランスそのものが使われている例が見られます。

 ユリウス・カエサルが活躍していた頃の古代ローマにおいては、ポー河以南のイタリア半島が本国「イタリア」で、ポー河以北からアルプス山脈にかけ ての平野や、南のシチリア島は「本国」入っておりません。つまりミラノのあたりは本国ではなかったわけです。本国以外の支配地は中央から派遣される総督が 治める「属州」です。そして後にロンバルディア平野と呼ばれることになるポー河以北の平野は、この当時「チザルピーナ属州」と呼ばれていました。そしてア ルプス山脈を越えたあたりの南西フランスの一部は、「トランサルピーナ属州」と呼ばれていました。この二つの属州名なのですが、「チザルピーナ」は 『Cis Alpena』で「アルプスのこちら側」の意味で、「トランサルピーナ」は『Trans Alpena』で「アルプスの向こう側」の意味になります。属州の名前などまず世界史の試験に出ることはありませんし、研究者か歴史愛好家の範囲になって きますが、こういう無駄なことを知っていると、つまらないように思うことでも意外な所でつながりがあることが分かり、知らず知らずのうちに頭に入ってきま す。

 ローマ帝国の属州名でしばしば出てくるものに「スペリオール:Superior」「インフェリオール: Inferior」があります。『Superior』は「上級の、高地の」の意味で、一つの属州を二つに分割した場合に、本国から見てより近い位置にある 場合に付けられます。一方『 Inferior』は「下級の、低地の」の意味で、二つのうちより遠い位置にある場合に付けられます。

例えば、
●「Germania Superior: “高地ゲルマニア”属州」:
現在のライン河沿いのバイエルン地方辺り。ここの属州総督がライン河防衛線担当の責任者で、ゲルマン民族の侵攻を防ぐ極めて重要な属州でした。五賢帝の一人であるトライアヌス帝は、皇帝就任前はここの属州総督を務めていたのです。

●「Germania Inferior: “低地ゲルマニア”属州」:
現在のライン河沿いのケルン辺り。現在のライン河沿いの街は、数珠つなぎに連なるローマ軍の基地がもとになって発展した街です。

●「Pannonia Superior: “近パンノニア”属州」:
現在のオーストリアからハンガリー辺り。ライン河防衛線と双璧を成す、ドナウ河防衛線の要です。ウィーンはもともとローマ軍の軍団基地なんですよ。

●「Pannonia Inferior: “遠パンノニア”属州」:
現在のハンガリーからブルガリア辺り。この辺りもアドリア海を隔ててはいますがイタリア半島からかなり近い位置にあるので、ローマ帝国の安全保障上非常に重要な場所だったのです。

 ローマ帝国の他の属州名を見てみてください。けっこうカッコいい名前が多いですよ。