〈エンジンの修理ができない?〉
一般の車のエンジンは何エンジンか知っていますか?そう「ガソリンエンジン」ですね。気化したガソリンと空気の混合気に点火プラグで火花を飛ばし、燃焼 (爆発)させてピストンを動かします。その上下の往復運動をシャフトの回転運動に換え車輪を回転させます。バスやトラックは「ディーゼルエンジン」で、基 本構造はガソリンエンジンと同じですが、高圧にした空気にディーゼル油を噴射して爆発させる点が異なります。ディーゼルエンジンは騒音が大きいこととスス が出ることが欠点ですが、ガソリンエンジンに比べて効率がいいのが特徴です。
では船のエンジンは何でしょう?一般のフェリーやタンカーは船舶用のものすごく大きいディーゼルエンジンを積んでいます。現代の軍艦はディーゼル エンジンとガスタービンエンジンです。ガスタービンエンジンとは“ジェットエンジン”のことで、飛行機の翼に付いているあのジェットエンジンと全く同じで す。ただし飛行機のように排気ガスを高速で噴出して進むのではなく、プロペラシャフトにつながる羽根車に噴射して回転させ、スクリューを回します。そのた め外から見た目は普通のスクリュー推進の船ですが、エンジン音は飛行機と全く同じ「キーン」という甲高い音がします。昔の船にはこれとは異なる「蒸気ター ビン」というエンジンが使われていました。
蒸気タービンはボイラーという大きな「やかん」で水を沸かし、発生した蒸気で羽根車を回転させ、スクリューを回します。お湯を沸かすのには石炭、石油(重油)あるいはウランが使われます。原子力エンジンは蒸気タービンと基本的な構造は同じなのですよ。
第二次大戦時の軍艦はだいたいが蒸気タービンエンジンです。燃料は重油を使います。最近ブームの大和級戦艦もプロペラ4軸で合計15万馬力の蒸気タービン を搭載しているのです。ところで「大和」のエンジンは船体の中のどの部分にあるのか知っていますか?実は機関室(エンジンルーム)は艦橋など上部構造物の 下にあるのです。ここで問題があります。もし搭載している蒸気タービンを修理する場合はどうするのでしょうか。ちょっとした点検や部品交換ぐらいならいい ですよ。問題はタービンやボイラーその物を交換する場合です。いかに信頼性の高い頑丈な機関でも、いつかは交換しなければなりません。おまけに「大和」は 戦闘艦なので、被害を負うこともあるはずです。しかし搭載している機関を交換する場合、まず艦橋をはじめとする上部構造物を撤去しなければなりません。そ の次に船体の主要部を覆っている装甲板を外すわけですが、この装甲板は装甲車の防弾板とは訳が違います。口径46cmの主砲弾の直撃に耐えられるように設 計された、厚さが20cmもある特殊装甲です。これが鋲(びょう)という“ボルトの親玉”によってモザイク状に何枚も組み合わされているので、一枚ずつ外 していかなければならないわけです。しかし強度のかかり方を計算して組み合わされていたものを一度分解して再度組み直した場合、はたして同じ強度を維持で きるのか、ということが考えられます。つまり機関を交換する場合には、機関室の上面を覆っている装甲板一式を製造しなおして取り替えなければならない可能 性があるわけです。そうすると、機関部の大修理をする際には、主砲以外の部分はほとんど新造するに近く、半年~1年ほどかかるわけです。(当時の他の戦闘 艦は、だいたい煙突部分を外せば機関部の交換ができるようになっています。)
当然このようなことは当時の技術者達も承知しており、初めから5~8年ぐらいは機関の交換はしなくて済むように設計していたのです。明確にそのこ とが文書の形で残されているわけではないようなのですが、状況証拠を見るとそう考えられるのです。なぜなら、大和級の蒸気タービン機関は合計約15万馬力 で最高速力が27ノットです。これはアメリカ・イギリス・ドイツ等列国の戦艦と比べて遅く、大和級の欠点として捉えられてきました。また船体全体の設計が 保守的だと批判されることが多いですが、技術的な冒険をすることで、結局後で修理に時間をかけるよりも、堅実な設計の方を選んだと考えられるわけです。ま た大和級戦艦は主要部のみを鉄壁の防御で固める「集中防御方式」をとっていますが、これに相当な自信があったと思われます。事実、大和・武蔵共にこの防御 区画は破られることはなかったそうなのです。ただし、主要防御区画以外を破壊され、そこからの浸水で浮力を失い沈んだのですが、何百機もの攻撃機の波状攻 撃を受ければどんな強い艦でも耐えられないでしょう。
「大和」というと大きい、世界最強の大砲を積んでいる、といった話ばかりが注目されますが、機関の交換ができない構造になっているということを私は初めて知りました。興味深くありませんか。
(参考文献:学研 歴史群像シリーズ『超超弩級艦「大和」建造』 )