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 オオマエツキミ?

 みなさん、蘇我氏をご存知ですよね。蘇我馬子は自らが王位に即けた推古大王の下、厩戸皇子(聖徳太子)と共に政権を担い、彼らの死後は大王をも凌ぐ権勢 を持ち、馬子の死後は子の蝦夷と入鹿が専横の限りを尽くし、最終的に中大兄皇子と中臣鎌足の若きコンビにより討たれた逆賊、ということで飛鳥時代における 悪役として名を馳せております。ただ実際はそうでもないようで、彼らなりに大王死後の混乱や、高句麗・新羅・百済が分立する不穏な朝鮮半島に対応するため 懸命だったらしく、かなり歪曲されて伝えられている可能性があります。

また、中大兄皇子と中臣鎌足が本当に名コンビなのかも実際はよく分からないらしく、入鹿暗殺の際、中臣鎌足が矢をつがえて狙っていた人物は、入鹿ではなく 中大兄皇子だったのではないか、という説があるくらいです。『日本書紀』によれば中大兄皇子は、“皇子”にもかかわらず蘇我入鹿に斬りかかる極めて危険な 役割を果たしており、事実上暗殺の実行犯です。そのため、中臣鎌足は、暗殺が失敗した時に実行犯すなわち中大兄皇子の口封じをする役目を負っていたのでは ないか、というわけです。これはもちろん一つの説でありますが、かなりミステリアスで、歴史好きの興味をかきたてられます。飛鳥時代は、大化の改新や壬申 の乱など、国内・国外の様々な人々の思いが絡む熱いドラマが繰り広げられていたわけです。

 ところで、蘇我馬子は「大臣」という地位に就いていたのですが、この字の読み方は学校では何と習いましたか?私は「おおおみ」と習ったのですが、 これには他の読み方もあり、「おおまえつきみ」とも言うらしいです。有力な豪族から選ばれ、国政に参加するのが「まえつきみ」で、その頂点に立つから「お お」が付いているわけですが、古代日本独特の読み方ですね。これと似たような例は他にもたくさんあります。

○皇子(おうじ→みこ)
→大王(おおきみ)の子。中大兄皇子、大海人皇子など。

○国司(こくし→くにのみこともち)
→現在の県知事に相当すると考えるとわかりやすいでしょう。県知事よりもっと権威はあったはず。

○斥候(せっこう→うかみ)
→先に偵察に行く兵士のこと。時々、家の中に入ってくる大きなアリもこの”斥候”です。

○防人(さきもり)
→白村江の戦いの後、九州北部に配置された本土防衛の任にあたる兵士。おもに東国出身者が当てられました。

○駅馬(えきば→はいま)
→この前紹介した古代官道のうち、最も幅の広い”駅路”を通る馬のこと。各駅(うまや)に配置されました。

○伝馬(てんま→つたわりうま)
→古代官道のうち、”伝路”を通る馬のこと。

○畿内国(うちつくに)
→都の周りの国々。およそ現在の近畿地方ですね。

○鈴契(すずしるし)
→伝令や任地へ赴く官僚が所持した通行手形のこと。

 どうでしょう?単純に音読みするよりかっこいいような気がするのですが。