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〈山は神様?〉

 中世山城、烽(とぶひ)、旗振り山など、山に関する話題が多いですが、今回も山の話です。盤座(イワクラ)なるものをご存知でしょうか?これは古代の人 々が巨石を神が宿る依り代(よりしろ)として信仰し、祭祀を行った場所のことで、山の頂や、中腹に存在することが多いです。古代大和政権の聖地として名高 い三輪山にも複数の盤座(イワクラ)が存在します。これらは仏教や神道以前の原始信仰・自然信仰であり、聖地という観点から、同じ場所に寺院や神社が建て られている場合が多いです。

中世山城は、地域支配の正統性を主張し、自らの加護を願うため地域の宗教勢力を取り込むため、城域内に寺院を有する場合がありますが、それと同じくこの盤 座(イワクラ)が存在することもあります。その地域の気の遠くなるような古くからの信仰対象を取り込むことで内外に自らの正当性を主張しているわけです。 中世の城と城下町がほぼ当時のままの姿で残っていることで研究者およびマニアの間では有名な佐賀の「勝尾城」では、山中のあちこちに巨石がゴロゴロしてお り、かつての盤座(イワクラ)かと思われます。

なお「勝尾城」は、筑紫氏という国人領主(大名の家来みたいなもの)の本拠地で、その保存の良さは越前朝倉氏の本拠地である一乗谷に匹敵するのですが、福 岡と佐賀の中間辺りの領主でなじみがなく、武田や上杉のような戦国大名ではないので、一般にはほとんど知られておりません。関西から気軽に行けるわけでは ありませんし、残念です。

田舎の里山のような、こんもりとしていて目立つ山には、盤座(イワクラ)の跡がある場合が多いです。今は何の変哲もない山でも、昔の人にとっては豊穣や降 雨を願う大切な聖地だったわけです。そのため、様々なタブーや、決められた人以外足を踏み入れてはいけない“禁足地”が設けられ、現代人から見れば「迷 信」と思われる面もないわけではないですが、それは自然の恵みに対する真摯な気持ちの表れであったわけです。かつて古代の人々が、言い知れない恐れを抱い ていたがために近づくことさえできなかった場所に道路が通り、家が建ち、便利になっています。それはそれで行動や思考の上での視野が広がっているため、い いことだと思いますが、昔の人の自然に対する気持ちを、忘れてはいけませんね。