「劣化ウランという問題群-医学の視点、科学の視点を通して-」
場所:日本茶カフェ 一日(ひとひ)
2006年09月25日
司会のI
先生が、「良く言えば牧歌的な日本のサイエンスカフェも、(本場イギリスのように)徐々に社会的問題を取り上げていきたい」と紹介して始まった今回のカ
フェ。内容的にかなり深刻な問いと争点の分れる課題を含みながら、予想外に(笑)穏やかな空気のなかで、有益で活発な質疑応答がなされました。
(文責:濱岡理絵)
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ゲストスピーカーとして来ていただいた振津さん(医師)は、チェルノブイリ原発事故の救援活動を長年続けている方です。しかし、彼女が放射能被曝の問題
をライフワークとして考えるようになったきっかけは、医学生時代に読んだ一冊のルポタージュだったそうです。そのタイトルは『原発ジプシー』。原子力問題
に少しでも関心を持ったことのある人には馴染み深い本です。「ここには、最新科学の施設内で働く人々の危険な労働実態が克明に描かれていました。病気は社
会の中で作られうるのだと気づきました」と、彼女は静かに語り始めました。
その後、内科医として働き始めてからの広島・長崎の被爆者検診、そしてチェルノブイリ原発事故後にボランティアで現地入りした経験を経て、現在の科 学技術の最先端であり「夢のエネルギー」と言われる技術が人の命を縮めているという実態を、知識だけではなく体験的に学ばせてもらったと話されました。そ して自分にこれ以上の何が出来るかと考えているうちに、新たに起こってきた問題が劣化ウラン問題だったといいます。
また、サブスピーカーとして、おもに劣化ウランの物理的性質について補足をいただいた中川さん(神戸大学教授)からの言葉は、放射線問題を軽く扱う 風潮に対する警告のような気がしました。劣化ウランが使われた湾岸戦争での象徴的な写真―それは、見渡す限りの砂漠に延々と連なる戦車の屍骸を写したもの ですが―そこから受けた衝撃を語る中川さんの語り口が、いつもの冷静なそれとは僅かながら違っていたことが、私にはとても印象的でした。
「劣化ウランという問題群」という企画設定だったゆえに話題は広範囲に及び、また、医学と科学という多面的な視点を紹介する趣旨でしたので、非常に 密度の濃いカフェとなりました。ここですべてをお伝えすることは叶いませんが、以下、話の内容、質疑応答を時系列に記録したものを基に、企画者権限におい て簡略化したものを再構成してみます。
劣化ウランとは何かについて、原子力発電所における排出過程や物性的な基本情報などが細かに説明されました。また劣化ウランと減損ウランという語句
は、本来は生成過程によって区別されるべきだが、英文の頭文字が同じDUのために誤用されていることも説明されました。また核分裂の過程についてのレク
チャーもなされました。
その中で、天然ウランのうち燃焼が100%可能な「235」と呼ばれるウランは全体のたった0.6%に過ぎないという事実は、非常にショッキングなこと
でした。それは「238」と呼ばれる残りカスをどう処分していくかという問題をあからさまに立ち上がらせており、「夢のエネルギー政策」の「夢」とは一体
何だったのか、やはり立ち止まって考えるべきではないのかと改めて思いました。
また、劣化ウランは安全なウランだと主張する説について、法律上の取り扱いを踏まえれば、日本においては、たった数百グラムでも厳重に取り扱われるべき放射性物質と認識されており、またその毒性は天然ウランに比べて大きく劣るわけではないと指摘されました。
次に、劣化ウラン兵器についてですが、湾岸戦争やコソボ紛争、イラク戦争でアメリカ・イギリスによって使用されたが、配備・装備をしている国は世界 で18カ国もあることが紹介されました。使用する側の言い分として、兵器としての性能が戦車甲板の金属を一瞬で溶かす威力を持つほど有能であることに加え て、コストが原発の廃棄物のため非常に安上がりであること。毒ガスのような非人道的兵器ではないと主張していることが紹介されました。しかし同時に、例え ばあの原爆被害についても決して放射能の被害は考慮されてこなかったことも紹介されました。
劣化ウランが人体に与える影響については、大気中に広がることで、兵士だけじゃなく、無差別殺傷兵器になりうることが指摘されました。燃やされ酸化 したウランの微粒子(ナノ粒子)が、呼吸によって体内に取り込まれてしまい、肺などの細胞に長時間張り付くことで、長い年月をかけて血液や骨の中に放射能 汚染が広がる可能性があるとのことです。また、重金属として、腎臓に対する影響も懸念されます。現在、マウス等を使った動物実験で細胞への影響を研究して いる科学者から、発ガン性、生殖機能、胎児への影響、免疫細胞への異常などの実験結果が報告されていますが、人への影響についてはデータが様々に氾濫して おり、今の時点では明確な形での疫学調査ができない状況であることは確かです。イラクに関しても、いまだ政治的に不安定な状況が続いており、現地の医師、 科学者とともに調査をしようとしていますが、癌の増加は顕著に見られるものの、被曝量との相関まで証明できていないということです。しかし、アメリカの兵 士に起こっている「湾岸戦争症候群」など比較的検査しやすい事例も多くあることから、今後の臨床研究が進むことが期待されます。
さらに、原子力政策を中心に、放射能と私たちの生活との関係が、さまざまなトピックで語られました。なぜなら劣化ウラン問題は、遠く離れたイラクの
国内問題や、戦争を遂行しているアメリカの問題ではなく、その材料は原発の廃棄物という点からも、私たち日本人にも関わってくる問題であるからです。アメ
リカには20万トン以上の放射性廃棄物である劣化ウランが貯蔵されており、1920年代ぐらいから何とか使いたいという要望があったそうです。しかし兵器
に転用しても消費できる量は極めてわずかです。日本では六ヶ所村で再処理が始まろうとしていますが、原発廃棄物の処理についての試算は、決して楽観視する
べきではないと指摘されました。
その他、ラドン温泉は身体にいいのか?や低線量の放射線を当てた水槽のめだかは寿命が延びることの不思議(水が滅菌されるからだそうです)、自然界にある放射線、自分の身体の中にある放射線など気軽な雑談も交えてさまざまな話を聞くことができました。
<質疑応答>
Q:放射線の透過能力のことをもう一度説明してほしい。劣化ウランが紙一枚で止められるとは信じられない。
A:ウランの放射線の外部被曝は紙一枚で止められる。放射線とは、原子核が壊れるときに出てくる粒子。ウランはアルファ線を出す。放射線には3種類
ある。アルファ線は紙一枚(2.5センチ)で制御可能で外からは止められる。ベータ線は10センチで止められる。ガンマ線はチェルノブイリ原発事故での被
害などだが、制御不可能である。
ウランで問題になるアルファ線は、上記のように外部被曝は心配ないが、内部被曝をすると肺がんの原因となる可能性がある。外に出てこないような軟弱なものであるがゆえに体内の細胞に引っ付いたら致命的と思われる。ただ科学的なメカニズムは完全にはわかっていない。
Q:原子力発電所の啓発ポスターではウランを飲んでいるが…
A:ウランをきちんとコーティングすれば飲み干すことも可能。コーティングされたまま排出される。また空気を吸わなければ内部被曝は避けられる。原 子力研究所に勤務する友人でチェルノブイリの調査にも参加した人は、放射能の測定器は信用度が高く、微量の放射能でも感知するので安心だと言っていた。む しろ測定方法が確立されていない環境ホルモンなどは恐くて調査に行けないとのことだ。
Q:劣化ウランの被害についてはっきりしてほしい。私は広島の被爆を経験し、現在まで様々な薬を服用してきた。劣化ウランの被害とはどの程度の被害なのか。
A:原爆の場合、直接被爆(外部被爆)であれば爆心地からの距離で計算する。爆発後、ボランティアや仕事で入市した人の場合、 ほぼ内部被曝である。遺憾ながら被曝量に応じて癌になっているというデータの相関はない。国は閾値の被曝量を出しているが、それは身体状況や生活環境等の 条件を仮定して統一的に設定しているが、被曝の評価は,いろんな過程があり、個々人に応じたものにしなければいけない。いわゆる国際放射線防護委員会の基 準は計算の仕方(モデル)が、特に内部被曝について,非常に問題を含んでいると考えている。
Q:問題があるというが、原発の従業員についてのデータは取れないのか。モデルが妥当かという検討は容易に出来るのではないか。放射線防護委員会はそれらを踏まえてデータを取っているのではないか。
A:原子力労働者のデータは、今頃になってようやく出てきている段階である。これまでの結果からは、従来考えられていたよりもかなり低い線量で発ガ
ン傾向が見受けられると報告されている。ただデータは外部被爆に限られており、内部被曝についての評価は,データそのものがない。
原爆被害のデータは、前提条件がそもそも健康な人。当時の広島・長崎市民は、軍需産業都市であり、市民は当時の日本では比較的裕福な暮らしをしていた。第
一原理から被曝量は計算できるが、重要な問題はシチュエーション。 どういうシチュエーションで被曝したかというのが重要である。
90年に被曝の閾値基準が改正された。また、チェルノブイリ10数名のデータとJCO事故による被害者(近隣住民を含む)について、その子孫代々にわたって調査対象化されることになった。
Q:すべて結果だけ報告されている気がする。(劣化ウランの影響が)アメリカの調査では0.12、イラクの調査では4万...などというかけ離れた報告だとどちらも信用できかねる。測定の前提をちゃんと設定しないと何とも言えないのではないか。
A:酸性雨があると沁み込む速度が違い、雨の降り方でも変わる。まず住民にどれほどの被害が出ているのかということが大切ではないか。
Q:内部被曝を証明するには、亡くなった人の解剖などをして科学的に解明していかなければならないのではないか。
A:残念ながらイスラム教は解剖を禁止している。倫理的問題として、湾岸戦争であれほど批難されたにも関わらず、再び使ったということは3度目も使 うかもしれない。科学者として,あるいは一市民としてどう考えるかが大切ではないか。今のところ科学的データ、疫学的データで証明されなくても,やるべき ことをやるという、人類が学んできた智恵-環境問題で言われる予防原則が必要である。これはリオデジャネイロ地球サミットで,世界全体の原則として確認し た概念だが、すでにヨーロッパでは、市民だけじゃなく政府・行政レベルでも受け入れられつつある概念である。劣化ウラン使用の問題もそのように考えられな いだろうか。
Q;国連等での言及はあるのか?
A:ICBUW(振津さんが参加する「ウラン兵器禁止を求める国際連合」)は、1996年の「国連人権小委員会」で、大量破壊兵器,ナパーム爆弾,
クラスター爆弾,劣化ウランが含まれる兵器を,無差別殺傷兵器とした調査を国連事務総長に要請した。また2001年には、戦争による環境破壊を警告する日
(11/6)に
アナン事務総長が劣化ウランに言及した。(追記:国連人権理事会によって設置された「レバノン調査委員会」の報告書(11月11日付の暫定的バージョン)
中の「兵器」セクションに入る「勧告10」で、クラスター爆弾を早急に違法化することに加えて、劣化ウラン兵器など、一般市民にも無差別的被害を及ぼす兵
器の「合法性」を問題にするよう関連国際機関に対し要請している)
ICBUWでは、ジュネーブ条約で使用が禁止される兵器リストに、劣化ウランを用いた兵器を入れる運動を優先している。出来れば禁止条約をつくりた
い。対人地雷条約をひとつのモデルとして考えている。ただ、劣化ウランの場合、無差別殺傷兵器として,使うことを禁止する条約では不十分で、製造,貯蔵な
どすべてを含めて禁止しなければ、問題は解決しないと考えている。
Q:国際法廷では裁けないのか。
A:ハーグ陸戦条約(1907年改訂)23条1項により、「毒、または毒を施した兵器の使用」が禁じられている。また、同条5項により、「不必要な 苦痛を与える兵器、投射物、その他の物質を使用すること」が禁じられている。しかし、「不必要な苦痛」の明確な定義がないため、曖昧なものとなっている。 核兵器の使用により制裁を受けた国はない。
Q:臨界に至らせない核爆発実験はどういった理由で行われるのか?
A:例えば、広島・長崎は実際に燃えたウランの量は全体の1割だけ。残り9割は燃えずに放射性物質としてばら撒かれた。100%の燃焼を成功させたいと思う、いわゆる「マッド・サイエンティスト」の考えによるのだろう。
Q:学術的な報告は?
A:医学雑誌には兵士に起こっている様々な病気に関する200~300の論文が書かれたが、劣化ウランとの関連について考察している論文は残念ながら無い。
資料:篠田 英朗 「武力紛争における劣化ウラン兵器の使用 」IPSHU研究報告シリーズ 研究報告 No.29 (広島大学平和科学研究センター)
URL:http://home.hiroshima-u.ac.jp/heiwa/Pub/29.html