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「光が拓く新しい計測技術 -ナノサイエンスから医療診断まで-」

ゲスト:尾崎 幸洋さん(関西学院大学)
場所:神戸酒心館 ホール「豊明蔵」
2006年10月8日

光の性質、種類、いろいろな光が分子とそれぞれどんな関わりかたをするか?人間の幸福のためにまだ使い切れていない光があること、光の利用の現状とその限界など?分光学の基礎知識から応用まで、分光学者の尾崎幸洋さんが話題を提供して下さいました。

特に尾崎さんのご専門である近赤外光について、果実の糖度を測る例と、脳内の血中酸素濃度を測って脳の機能・活動を測る例が紹介されました。食べた いものだけを自らの選択で買う、食べたいと思ってもらえるものだけを生産し無駄を出さない、メスや針を使わない無侵襲生体モニターといった、人や環境にや さしい21世紀スタイルにぴったりな技術であるが、人の心に踏み込むような局面では応用に慎重さが必要な面もあるとのことでした。

語り合いでは、たくさんの質問や感想が出ました。 近赤外光で糖度を測る原理、果物や頭の中での光の進み方、これまでは無理だった利用が可能になった背景にエレクトロニクス、デバイスの進歩があること、わ ずかしかないものを正確・精密に測ろうとする難度の高い実用化へのチャレンジ例など、参加者からの質問を受けて尾崎さんが補って説明して下さいました。 また、「結局は、機械を作った人の仕様に、使う側が従うことになってしまわないか?それも21世紀的な気がする」、「心を測るとなるとやはり恐いかもしれ ない」、「熟練者とのせめぎ合いにならないだろうか」などの意見も聞かれました。 尾崎さんは「あくまでも、大事なのはまず人間。ひとりひとりの選択ができるように使うのです。人間の五感に適わない例もあります。光を使った計測は人間の 補助なのです」とお答えになりました。

「21世紀の分析は、地球にやさしく高感度にという方向に進んでいます。イメージングも期待の分野」「世界一の高エネルギー放射光施設Spring -8が西播磨にある兵庫県を、光の研究の中心にしたい。そうなれます。足を運んでみませんか」と尾崎さんが呼びかけられて、終了時間が来ました。

開催後記

ふだん恩恵を受けている光、生活の中にある光のいろいろな特性に、改めて目を向けてみようと思いました。糖度測定機は近くのスーパーには置かれていないの ですが・・・。毎回のことながら、どなたも多くの疑問や感想を持たれ、どれももっと深めてみたいものでした。そんな方がいらっしゃれば、関連カフェをまた やってみたいです。(桜井)

Q&A

 Q1. いろいろな波長の電磁波のうち、糖度測定になぜ近赤外が使えるのですか?

A1. 近赤外光が分子の構造に関する情報を与えてくれることと、その吸収が適度に弱く、しかも物質への透過性に優れることが、ちょうど果物などの糖度測定に合っ ているからです。(赤外吸収を測る時は、吸収が強いぶん、測る対象=試料をごく薄くするなどが必要ですが、近赤外光の吸収は赤外光の数百倍弱いです。)

実際の糖度の計り方は、ふだん甘さの指標として使われている糖度計の測定値と近赤外光吸収値にどんな関係があるのかを、予めたくさんのリンゴやメ ロンなど、甘さを測りたい果物でしっかり調べて決めます。きちんと関係づけができたら、近赤外光を果物にあてるだけの糖度測定の開始です。果物と作用した あとの近赤外光の強さをその関係にあてはめて、糖度に逆算します。

果物の味を知るには食べてみるのがなんと言っても一番ですね。でも、そうすると、検査した果物は売り物になりません。そこで抜き取り検査で果汁を 絞って甘さを糖度計で測ろうということになります。これが伝統的な方法といえるでしょう。しかしこれでもやはり果物を壊さなければなりません。また、穫れ た果物全部の味をほんとうに表せるの?という疑問も残ります。

そこで、近赤外光を果物にあてて、果物に含まれているいろいろな物質に吸収・散乱・拡散反射・透過といった作用をして出てきた光を測って、果物を 壊さず、甘みを測れないか?というわけです。そうすれば、すべての果物を測ることができ品質の正当な評価が非破壊でできます。果物には甘さに関係するショ 糖、果糖などのほか、有機酸なども含まれていますし、繊維や苦み成分など、甘さに関係ない物質ももちろん含まれています。しかし、どんな物質も、特有の分 子の形?分子構造?をもっています。そういう分子構造中の「官能基」といわれる部分(たとえばOH、NH、CHなど)は、それぞれ独自に近赤外光を吸収す る波長をもっています。

ところで、糖度といわれるのは、Brix糖度です。これは、ショ糖(砂糖)を水に溶かしたときの重量パーセントのことです。例えば水100g中に 10gの砂糖が溶けている液=Brix10%です。Brix糖度は屈折糖度計で測られます。実は、これで測られるのは、液体の屈折率です。液体の密度が高 いほど屈折率は高くなります。液体の密度に影響する物質はもちろん砂糖以外にもいろいろありますが、果汁などでは、そういう物質はほとんどが溶けた糖とみ なせると考えられて、屈折糖度計で屈折率をBrix糖度(ショ糖濃度)に換算して数値が出されているのです。   近赤外光の測定と糖度の関連づけは、一般に、統計的手法(ケモメトリックス)で行われます。

 Q2. 果糖に特徴的な吸収(スペクトル)はありますか?

 

A2. 果糖には果糖の分子、ブドウ糖にはブドウ糖の分子?物質はそれぞれ固有の分子構造をしています。そういう意味で、果糖も固有の吸収スペクトルを持っています。

ただし、吸収される近赤外光の波長と官能基(O-H、C-H、C-O・・・)の1対1の関係づけ=帰属はまだまだ不十分です。特に混合物として存 在しているときは容易ではありません。また類似化合物の近赤外スペクトルは、一見とても似通っていることが多いのです。それは、近赤外領域では、官能基の 吸収がいくつも重なりあっているからです。そこで、スペクトルだけを見て物質を判断する目的には、近赤外スペクトルはあまり適しているとは言えません。ま だまだわかっていないことが多く、赤外光吸収とも単純な関係にはありませんので、A1にも書きましたが、ケモメトリックスというスペクトル解析法が欠かせ ません。

Q3. 近赤外の分光分析にはテレビくらいの大きさの装置が必要だと思っていましたが、なぜ弁当箱くらいの大きさの装置で分析が可能になったのですか?

 

A3. 光学系(分光系)がたいへん進歩しました。

光学系の役割は、光を物理的に分けることです。その方法として、[a]当てる光(照射光)を分ける、[b]測りたいものと作用した後の光(検出光)を分ける、という2通りが考えられます。

[a] 測りたいものに当てる光を分ける 装置をコンパクトにできる方式としては、必要な波長の光だけを取り出す干渉フィルターが簡単で伝統的です。最近ではFT(フーリエ変換)方式、FT-MC (フーリエ変換・マルチチャネル)方式、AOTF(音響光学変調フィルター)方式などもあります。表面のぎざぎざにあたった光の回折を利用する、回折格子 と呼ばれる精密部品を使う分光方式は、鏡やスリットを使って光路=光の通り道を精密に調整しなければならず、光学系が大きく複雑になりやすいです。

[b] ものと作用した後の光を分ける 吸収・反射・透過などによってものと作用とした後の近赤外光は検出器で受け、光を電気信号に変えることで検出します。 検出器としては、分光された特定波長の光を1波長ずつ順番に受けとって検出していくタイプ(PbS光導電検出器)があります。近年、測りたい物と作用した 後の光を、スペクトルとして瞬時に受光できるフォトダイオードアレイ検出器やマルチチャネル検出器が使えるようになりました。

Q4. 近赤外の発生源は何ですか?

A4. 次のような近赤外光源が私たちの周りにあります。
まずは日光。そして家庭用白熱電灯。白熱電灯は熱く感じます。可視光だけでなく、近赤外~赤外光も出ているためです。これは、タングステンフィラメントに通電して、電気エネルギーを熱エネルギーに変換させ、その加熱発光を利用するものです。 研究や計測に主に使われるのは、タングステンランプの電球内にハロゲン元素を充填させたハロゲンタングステンランプです。家庭用白熱電球より明るく、寿命が長く、寿命が尽きるまで安定した光の出し方をします。 近赤外分光法で正確・精密に何かを測るには、まず、明るい光が必要です。特定の波長の強い明るい光を出す近赤外レーザーもあります。

 Q5. どのように分光し、検出していますか?

A5. A3にごく簡単に列記しましたが、紙面の関係上、くわしくは参考文献をご覧いただければ幸いです。

参考文献

(1) 関西学院大学 理工学部 化学科 尾崎研究室ホームページ http://sci-tech.ksc.kwansei.ac.jp/~ozaki/nir.html
(2) 尾崎幸洋、河田聡 編著(1996)『近赤外分光法』学会出版センター
(3) 尾崎幸洋、池羽田晶文(2004)分光研究 53、43.
(4) 尾崎幸洋、赤井俊雄、宇田明史(2002)『化学者のための多変量解析―ケモメトリックス入門』講談社サイエンティフィク