本ウェブサイトは2012年4月下旬をもって閉鎖いたしました。このページに掲載している内容は閉鎖時点のものです。今後は,移設先のサイト(2012年4月下旬より有効)をご覧下さい。[2012年4月]

「 "What is ラジオあくてぃびてぃ?" -放射線が人体に与える影響について-」

ゲスト:アーネスト・スターングラスさん (ピッツバーグ医科大学放射線科の放射線物理学名誉教授)
ローレン・モレさん (地質学者。「先住民族のための科学者」代表。元ローレンス・リバモア核兵器研究所研究員。スターングラス博士の共同研究者)
場所:のびやかスペース あーち
2006年3月23日

放射線物理学者のスターングラス博士は、ケネディ元大統領のころ、大気圏核実験がアメリカ市民に与える影響を議会で報告し、実験を中止させた科学 者の一人として有名である。もともとはウェスティングハウス社という原子炉製造の民間企業の研究者であったが、その後、ピッツバーク大学医学部の放射線物 理学科主任教授を経て、現在は「放射線と公衆健康プロジェクト(RPHP, the Radiation and public Health project)」という科学NGOで、低線量被曝の人体への影響を実証するため、子どもの乳歯に含まれる放射性物質・ストロンチウム90(自然界にはな い原子炉から出る放射性物質)の量を調査している。

『核の目撃者たち(原題:Nuclear Witnesses』によると、国家政策である原子力政策に果敢に挑んだ博士の、研究者としての姿勢はかなり興味深い。ブレイクでその半生を語っていただ く時間があればと考えていたが、プレゼンテーションは調査結果のデータやグラフをもとにした本格的なものとなったため、まったく時間の余裕はなかった。
一方、共同研究者であるローレン・モレさんも、元はリバモア核兵器研究所で土壌の放射能汚染を除去する仕事をしていたが、その後辞職し、ネバダ砂漠での核実験から発生した「死の灰」がどの地域にどのような放射性汚染をもたらしたかなどの調査をしてきた。

<低線量被曝をいかに実証するか>

さて、今回の「サイエンスカフェ神戸」でプレゼンテーションされた報告とは、アメリカ各地で行った乳歯のストロンチウム汚染調査結果である。2003年に 発表された論文をベースに語られたと思われる丁寧な報告だったが、非専門家がすべてを理解するのは困難であり詳細まで正確に再現する自信はない。したがっ て、その主張をきわめて大雑把にまとめるしかないが、それは、第一に核実験が行われた時期,原子力発電が稼働し始めた時期,チェルノブイリ事故の時期と、 ガンの死亡率の上昇とに強い相関がみられ、第二に、子どもの乳歯に蓄積されたストロンチウム90の量とも相関関係がみられるということであった。また、ス トロンチウム90の量に関するデータとして、①アメリカの原発周辺の郡において、乳歯の汚染レベルがほかの地域より31%~54%も高かったということ、 ②1994年から97年の間に生まれた子どもたちの乳歯の汚染レベルは86年~89年のそれよりもおよそ50%も高レベルであったということだ。さらに、 初公開のデータとして③日本の子ども(千葉県松戸市)30本の乳歯を分析したところ、アメリカの原発周辺地域で検出されたのと同等(3.9ピコキューリ/ 低い乳歯は0.2ピコキューリ)のストロンチウム汚染の乳歯が2本見つかり、この2本の乳歯の持ち主(幼児)は、一人はワシントンDC生まれ(黒人が多 く、放射能汚染の高い乳製品やミルクが持ち込まれている州)、もう一人は浜岡原発周辺の生まれだったとのことだ。

博 士は、54年のビキニ環礁水爆実験以来、「死の灰」、すなわち放射性降下物が人体、特に「胎児や乳児」に対して大変な被害を与えることを主張し続けてきた が、いまだ科学界では「低レベル放射線の有害性は科学的にはまだ実証されていない」という意見が大勢である。今回の会場からも結論が早すぎる。他の要因の チェックが必要だ、といった率直な意見が聞かれた。ただ、この意見を述べた方は反原発を表明する医師である。原爆投下による被爆者への治療を経験してきた 日本の医療現場では、直接被曝でない、二世、三世への遺伝的影響や、被曝後、10年~20年した後、白血病などの癌に見舞われるという多くの臨床例が報告 されてきた。そして、日本の原爆症認定裁判においては、昨年4月の東京高裁は低線量・内部被曝の可能性に踏み込んで放射線の影響を認定(確定)している。 つまり日本の司法分野では低レベル放射線の有害性が確認されつつある。しかし、こういった状況に、博士らの主張するデータが、有意に働くのか否かという点 については、おそらく無理だろうというのが正直な感想だった。

<私たちは何をどう選び取るのか>

しかし、原爆や水爆による被害が悲惨なことは言を待たない。核の平和利用が喧伝された後も、チェルノブイリ、東海臨界事故など杜撰な管理のもと多発する事 故により、原発の安全性神話は、かなり前から大きく揺らいでいる。また、地震大国日本における原発乱立の危険性は火を見るよりも明らかだ。にもかかわら ず、原発政策を捨てきれないのは、別の大きな課題であるエネルギー問題や地球温暖化問題などが複雑に絡み合っているのだろう。
今回の参加者は比較的女性が多かったように思うが、地球にとって、私たちにとって、何がほんとうに危険なのか、といった真剣で本質的な質問や、細に入った 疑問が熱心に数多く発せられた。正常な稼動であっても微量な放射能漏れがあるため、原発周辺には汚染が広がっている、それゆえその地域の死亡率が高まって いると結論する博士らの主張に関しては、もう少し慎重な調査や検討が必要かもしれないが、何にせよ、私たちの未来を選ぶのは、私たち自身にかかっていると いうことを、今一度考えたいと思った一日だった。

<おまけ・一日マスターのつぶやき>

今回はスターングラス博士らが広島での会議に出席するため初来日するとの情報を、ある市民ネットワークから得て、サイエンスカフェ神戸でオーガナイズできないかと急遽決まった話だった。
サイエンスカフェ神戸“初”となる英語バージョンだったことや、会場をカフェでなく「のびやかスペースあーち」という大学のサテライト施設で行ったこと、 当方のコーディネートが不慣れだったこと、日本各地を飛び回る博士らとの打ち合わせが不足したことなどが重なり、ほんとうに開催直前までバタバタと細かい 調整や準備に追われ、通訳や司会を引き受けてくださった先生方はじめ、「あーち」のスタッフの方々にも多大なご迷惑をおかけし、ご支援もいただいた。終了 後は、なんと参加者の方に会場撤収を手伝っていただいただけでなく、ゲストのローレンさんにも運営上のお手伝いをいただいたのである。シンポジウムや講演 会のようなカチッとした空間ではないという「サイエンスカフェ」の様式に甘えきっていたかもしれない。感謝とともに反省の気持ちでいっぱいである。次回の チャンスがあれば、場づくり、雰囲気づくり、話題づくりにまで気を配れるぐらい余裕がある「カフェ」のマスターをめざしたいと思う。

(文責:濱岡理絵)