「2008年ノーベル化学賞解説:いま話題の“緑のクラゲ”について」
日 時: 2009年2月7日(土)14時から15時
場 所: 神戸酒心館
2008年12月、下村脩博士がノーベル化学賞を受賞しました。 博士は47年前(1962年)にオワンクラゲの緑色に光る蛍光タンパク質GFPを世 界で初めて発見し、単離することに成功しました。この蛍光タンパク質GFPを 使うと、生きた細胞の中で起こっている様々な出来事を、直接目で見て観察 することができます。そのため、蛍光タンパク質は、現代の生命科学では必 要不可欠な「道具」として幅広く活用されています。しかし、その有用性が 認識されるようになったのは最近15年ほどなのです。つまり、GFP発見から 30年もの間、この光るタンパク質の研究はほとんど評価されなかったのでし た。 今回は、安達卓さんをゲストにむかえ、ノーベル化学賞・下村脩博士の研究 内容を、博士に関する報道記事もおりまぜながら、わかりやすく解説してい ただきます。科学研究の試練と発見の醍醐味をお楽しみ下さい。
今回のサイエンスカフェは、2008年ノーベル化学賞について 神戸大学の安達卓さんに解説していただきました。 2008年ノーベル化学賞は、緑色蛍光タンパク質GFPの発見と、 それを生物科学の分野で道具として使えるよう開発した功績に 対して、3人の科学者に贈られました。そのGFPを最初に 発見したのは、下村脩博士でした。
日本人の受賞ということもあり、下村博士の研究については日本中で大きく報道されました。 安達さんはそれらの報道を元に、まずは、下村博士のノーベル賞受賞までの研究の歩みに ついて整理してお話いただきました。
下村博士は、戦中戦後の動乱の中で、満足に教育を受けることができなかったそうです。 それでも長崎医大薬学専門部を首席で卒業し、企業に就職しようとしましたが、会社には 向いていないと断られてしまいます。そこで、名古屋大学の研究生として、ウミホタルの光る 物質についての研究を始めました。すぐに優れた業績をあげ、アメリカのプリンストン大学で オワンクラゲの光る物質の単離に挑みます。下村博士の大学は東海岸にありましたが、オワ ンクラゲのいる西海岸まで車で採集にでかけ、何十万匹ものオワンクラゲを持ち帰り、地道に 実験を続けていたそうです。アメリカの大学では、教授と意見があわなかったそうですが、 独自の実験方法によって、ついに発光物質の単離に成功しました。その後、名古屋大学で 職を得ましたが、あえて職を辞して再度渡米し、オワンクラゲの研究を続けました。 下村博士の研究活動からは、困難に屈しない強靱な精神力が感じられます。
下村博士がGFPを発見したのは1960年代ですが、その後30年あまり、GFPの研究はほとんど 評価されませんでした。しかし、1990年代前半に突如として、GFPは注目され始めました。GFPの 遺伝子が単離され、GFPを生物細胞内で標識として利用できるようになったのです。GFPの最も 優れた点は、生きた細胞の中に比較的容易に導入できることです。GFP遺伝子を、機能を調べ たいタンパク質の遺伝子と結合し、細胞内で発現させます。すると、GFPで標識されたタンパク質 の挙動を蛍光顕微鏡で観察することができるのです。安達さんの研究でも、GFPはなくてはなら ない道具だそうです。安達さんの研究対象である、ショウジョウバエでみられるアポトーシス(細胞死) という現象を、動画で見せていただきました。GFPで標識した部分が細胞全体に広がっていく 様子がよくわかりました。
ここで少しブレイク。会場となったのは神戸酒心館豊明蔵です。蔵を改造した落ち着いた木造の ホールで、酒心館の清酒・福寿の試飲もできました。なんと、この福寿が、2008年のノーベル賞 晩餐会でふるまわれたそうです。偶然の出来事に参加者の皆さんも、ワインのように香り高い お酒を楽しみました。
そして、最後に、ノーベル化学賞の「第4の男」についてお話がありました。ノーベル賞は3人まで と決まっています。GFPの発見と応用に関して、4番目の人物がいたそうです。90年代にGFP遺伝子 を単離した人物でした。研究の世界は厳しく、彼は研究を続けることができずに、今は、自動車 販売店の顧客を送迎するドライバーをしているそうです。ノーベル賞という華やかな世界に身を 置く3人とはあまりにも違い過ぎる身の上ですが、「彼は今の仕事がとても魅力的だと語っている」 と紹介され、参加者の皆さんも少しホッとしました。
今回の下村博士の研究から、serendipity=思わぬものを偶然に発見する才能ーについて話が およびました。安達さんもまた、そんな機会を何度も経験されているそうです。しかし、「偶然は用意 された心のみに幸運をもたらす」というように、ただひたすらに研究に打ち込むことで、その偶然に 出会えるそうです。科学の醍醐味は、まさにそこにあると思いますが、皆さまはいかがでしょうか。
(文:サイエンスカフェ神戸)